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Little Hat Blues / Little Hat Jones : 2004-12-30
Dallas のダウンタウンの東側にある Elm Street(エルム通り)は、 1963年11月22日の白昼、在任一千日を超えたばかりのアメリカ合衆国第 35 代大統領、John Fitzgerald Kennedy がその通りの西の端で、南側を並行していたコマース通りと接近するために左に湾曲して行くゆるやかなカーヴ地点にさしかかったところで「不特定多数」の狙撃者により、「前後から」銃撃され死亡したことによって有名になってしまいました。

しかしその通りをさらに東に向かったあたりは、かって黒人たちによって Deep Ellum と呼ばれ、数々のクラブの存在や、ストリート・ミュージシャンの集うところとして「文化」の中心でもあったのです。
19世紀の晩期、この区域の周辺には黒人の居留地区のひとつがあり、その安価な労働力に目をつけた Robert S. Munger は 1883年に、そこに綿花の加工(綿繰機)場を設け、1884年にはそれを会社化し、工場を建てています。
以来、いくつかの製造関連の企業がそのような進出をし、1913年には Henry Ford も Model T FORD の組み立て工場まで持ってきました。
1916年には黒人の(フリーメーソンみたいな?)結社とでも言うべき Black Knights of Pythias が結成され、やがて、この地区には黒人を対象とした医者、歯科医、さらには法律事務所までが出来てそれを収容する初の黒人が建てたビルに入居しています。

そのビルの最上階にはダンス・ルームがあり、さらに黒人向けの新聞社も入っていました。
1920年代には、その周辺はブルース・クラブや映画館、小さな劇場といったエンターテインメント関連の施設が集まり始め、さらには Elm Street 自体が街頭でのチップ稼ぎの「場」ともなり、そこには数々のブルースマンも立った、と言われています。
Big Mama Thornton や Blind Lemon Jefferson、Sam "Lightnin'" Hopkins、そして今日のブルースの Dennis "Little Hat" Jones などのブルースマンたちの演奏したところであり、あまり詳しくはないので知ったかぶりはヤメときますが、ジャズのほーでもここに名を残したミュージシャンは多かったようです。そして、それにつれてレコード会社のスカウトマンも集まり、Dallas はひところ Blues & Jazz の「ホット・ポイント」でもありました。

しかしこの Deep Ellum も、都市計画の必要性から鉄道の駅が離れた場所に移動されてしまったため、1940年代から徐々に「斜陽」を迎えて行きます。
さらに、交通事情の変化から路面電車までが 1956年に廃止されるに伴い、この界隈の賑わいは明らかに翳り始める・・・
およそ 15年後に都市計画が見直され、路面電車は復活していますが、その間にブルース・クラブをはじめとするかってのシーンは姿を消し、再開発後はブティックなども並び、市の新しい商業的中心として発展しているのかもしれませんが、かっての Deep Ellum とは「違う」場所になっていることでしょう。

なんて Dallas のことをこんなにぐだぐだと語ってるのはご推察のとおり、Little Hat Jones はん、生没年はモチロン、出生地すら判らない、っちゅー極端な情報不足だからなのねん。
イントロではかなりトバしてる彼のブルースですが、歌が始まると急に減速するそのスピード感(?)が笑えますが、どうやらこれ、彼の特徴みたいで、他の曲でもやはり「減速」で前につんのめりますよ。
その歌は、どっかそのへんにこんな声で歌いそなオッサンいたなあ(あ、たとえですよ。本気にしないでね)っちゅー、どっかで聴いたよな声で、ま、言い方は悪いけど、なんか白人っぽい声やねえ。
1930年の録音といいますから、そのワリにはいい音質で残っていますね。この時期の録音は、SP からしかリイシュー出来なかったりすると、かなり悲惨な音質だったりするんですが、これはかなりのレヴェルです。
収録アルバムは Yazoo L-1032 BLUES FROM THE WESTERN STATES 1927 - 1949 で、これには他にも Cherry Street BluesCross The Water Bluesと、彼の曲が二曲入ってます。
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by othum-m | 2004-12-30 20:53

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